アンドレアス・グルスキー
史上最高値の写真作品を生んだ現役写真家として知られるドイツ出身のアンドレアス・グルスキー。彼は1955年にドイツのライプチヒで生まれた。
1978年から1981年までエッセンのドイツ有数の写真学校フォルクワンクシューレで学び、一時期ハンブルグでフォトジャーナリストを志すが、1981年にアンセルム・キーファーやゲハルト・リヒターなどを輩出したことで知られる前衛教育で有名なデュッセルドルフ美術アカデミーに入学する。そして、ミニマルアートで知られるベッヒャー夫妻に師事し、写真家であるとともに表現者としてのキャリア形成の重要性を学んだグルスキーは、ベッヒャ-夫妻の冷徹なほど客観的な写真表現法を5×7フォーマットのカラー写真で実践し、次第に評価されるようになった。
1980年代後半には、広大な風景に人間が点在している焦点のない均一な作品を制作するようになる。プールに点在するスイマーや山登りのハイカーなど、人間を風景の一部とした作品は初期の重要作として評価されている。1987年にはデュッセルドルフ空港において初個展を開催。
1990年代には東京証券取引所での撮影が大きな転機になった。事前に計算し尽くされて撮影、制作された作品はベッヒャ-夫妻の影響を感じさせる。それ以降、社会のグローバル化をモチーフとする表現を開始したグルスキーは、オフィスビル、巨大ホテル、ハイテク工場、港湾施設などを世界中で幅広く撮影する。
そして、彼はポスト産業資本主義のグローバル経済が浸透した社会の代表的シーンを、多数の人が集まる、ロックコンサート、巨大ショッピング・モール、ディスカントショップ、証券取引所、サッカースタジアムに求め、個人が巨大消費社会の中の閉じられた空間で意味を与えられている状況を描き出した。現代社会のグローバル化経済に潜む覆い隠された本質を、巨大でまばゆいカラー作品で表現することで一気に高い評価を受るようになった。グルスキーは、90年代を通してデジタル技術を駆使し、試行錯誤を繰り返しながら超リアルで巨大な作品制作に挑戦し続けた。
群集や巨大建築物、自然風景など被写体は様々。独特の着眼点で選んだモチーフをパノラミックな視点からとらえ、デジタル編集によって作品を巨大で緻密な作品に仕上げる手法がグルスキーの特徴と言える。
2001年にニューヨーク近代美術館「MoMA」で個展を開催。その年の11月に行われた「クリスティーズ・ニューヨーク」のオークションでは、「Montparnasse,1993」という作品が予想落札価格のほぼ2倍の60万ドルで落札され話題になった。さらに、2007年2月「ササビース・ロンドン」での現代アートオークションで、代表作の「99-Cent II, Diptych,2001」が170万ポンド(334万ドル)というオークションでの写真作品の最高落札価格で落札された。
そして、2011年の「クリスティーズ」のオークションにおいて「Rhein II」が、現役写真家の作品としては史上最高額となる約433万ドルで落札された。この作品、ネットなどの画像で見る限り、「え~、何でこれが…」と訝る人も多いかも知れない。写真の実際のサイズは190cm×360cmとかなり大判だが、この何の変哲もない(失礼)作品は世界に6枚存在する(1枚ではないんだ…)。
作品は写真でも絵画でもオリジナルを見なければ評価することは出来ないが、この作品を実際に見た人たちは圧倒され、不思議な世界へ引き込まれたと口々に語っている。
極貧に苦しむほとんどの写真家たちにとっては、「どうして、彼の作品がこんなに高額で取引されるのか」と、どこか釈然としない「ワダカマリ」を感じるに違いない。しかし、ゴッホからポロックまで、芸術の「価値」とは常に、見る者の目に存在する。
スティッチング技法 (複数に切り分けた写真をつなげ合わせて1枚画にする技法で、より高精細な画づくりを実現する)とデジタル技術を駆使して現実離れした風景を作り出し、各作品の印刷枚数がごく限られている点で、グルスキー氏は画家に似ていると言われている。「Rhein II」は、波の山までキレイに合わせ、犬の散歩をする人も、遠くに見える工場も、木々も、全てデジタル加工で排除されている。これは、もはや写真というよりも、自らの審美眼やコンセプトをもって作り出された作品と呼ぶべきものである。
「クリスティーズ」の関係者は、「この作品にはエディションが6つある。そのうち、3つは公立美術館(ニューヨーク近代美術館、テート、ミュンヘンのピナコテーク・デア・モデルネ)、1つは私立美術館(ポトマックにあるグレンストーン)にあり、2つのみが個人コレクション用となっている。今回落札された作品はその1つ。つまり、1枚だけしかない絵画と同じくらい希少である」とコメントする。そして、この作品はサイズと技法も考慮されており、前例のないスケールである上に、傑出した印刷技術を駆使し、色使いと「きめ」が絵画に匹敵する。グルスキー氏は、文化における写真の意味を再定義している芸術家たちのリーダー的存在となっていると続けている。
今年の7月3日から9月16日の期間、アンドレアス・グルスキーによる日本初の個展「アンドレアス・グルスキー展 ANDREAS GURSKY」が国立新美術館で開催される。グルスキーの1980年代初期作品から、「東京証券取引所」や「99-Cent II, Diptych,2001」などの代表作、「カタール」などの最新作に至るまで、グルスキー本人が選んだ代表作約80点が展示され、グルスキーのアイデアを取り入れた会場構成も見所となっている。ちなみに、2014年2月には大阪の国立国際美術館でも開催が予定されている。
現在では、パリのポンピドゥセンターをはじめ、ロンドンのテート・モダン、ニューヨーク近代美術館など世界の主要美術館に所蔵されており、マドンナやエルトン・ジョン、ミハエル・シューマッハら著名人の多くにもファンが多いアンドレアス・グルスキーの作品。
感性の充電にはピッタリの展覧会である。