Touch the Heartstrings

心の琴線に触れる森羅万象を日々書き綴る「Touch the Heartstrings」

サロン・ド・シマジ

葉巻が似合う人物として、ウィンストン・チャーチルが思い出される。そう、ナチスに対して一歩も引かなかった第二次世界大戦時のイギリス首相である。20代前半にキューバにゲリラ戦を視察に行き、葉巻とシエスタの味を覚えてしまったチャーチル。90歳と2ヶ月の生涯で、毎週100本の葉巻を吸ったという。そして、スターリン、ルーズベルトと組んで勝利した時、高くかざしたVサインとともに、葉巻を銜えたその姿は、自由世界の人々に畏敬をもって刻みつけられた。

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なお、チャーチルは大きいサイズの葉巻を好み、ダブルコロナサイズを選んだというが、半分までしか吸わなかったようだ。「ロメオ・イ・フリエタ」ブランドでは、長さ178ミリ、直径18.65ミリのサイズのものを、別称として「チャーチルサイズ」と呼んでいるほどで、現在では正式な形状名より馴染んでいる。

チャーチルはロンドンの「ロバート・ルイス」や「ダンヒル」という有名なタバコ店から葉巻を購入していたが、第二次大戦中に「ダンヒル」の店がドイツ空軍の爆撃で被害にあった時、マネージャーが直ちに首相官邸に「あなたの葉巻は大丈夫です」と電話したというのは有名な話。

ちなみに、負けたアドルフ・ヒトラーは、若いときから菜食主義で、酒も煙草も嗜まなかった。歴史的にいえば、禁煙運動の始まりはナチスから起こったという説もある。死してチャーチルは、キューバ葉巻の「ロメオ・イ・フリエタ」に「チャーチル」という名品を残し、チャーチルがこよなく愛したシャンパン「ポル・ロジェ」には「チャーチル」の名を冠したプレステージ・キュヴェが存在する。

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日本にもチャーチルに匹敵するほど葉巻の似合う人物がいた。吉田茂だ。第二次世界大戦敗戦後の日本を荒廃から立ち直らせた政治家であり、「臣茂」として昭和天皇への奉仕に徹した保守本流の人、その反面、極上の葉巻で人を煙にまく、傲岸不屈、「ワンマン」の名をほしいままにした男でもあった。

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吉田はイギリス大使のころ、ホテルの廊下ですれ違った紳士の葉巻の香りにひかれ、銘柄を尋ねるようにと娘にあとを追わせ、「これはヘンリークレイです。あなたのお父上の良いご趣味に敬意を表します」との答えを聞き出させたほどの通人。ホンモノにこだわる意地をみせたエピソードである。

吉田の好みの葉巻は「ハバナ産」が前提の「ダビドフ」や「ヘンリークレイ」。「ダビドフ」は葉巻のロールスロイスと言われていたが、現在は「ハバナ産」から「ドミニカ産」に変更になった。また、「ヘンリークレイ」も、キューバ革命により、作っていた農園主が逃げてしまい、「ハバナ産」は消滅。今は「ドミニカ産」になっており、吉田茂が愛用していた「ハバナ産」の「ダビドフ」や「ヘンリークレイ」の葉巻は、もうこの世に存在しない。ちなみに、「ヘンリークレイ」は、19世紀初頭にアメリカで何度も大統領候補になり、合衆国下院議長を務めた実在の人物。その名前を取って、葉巻のブランド名にしたようだ。

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また、戦後の物資不足の折、葉巻を愛好する吉田に対し、フィリピンにタバコ畑を所有していたマッカーサー元帥から葉巻を贈りたいと言われたが、「私はハバナ産しか嗜みませんので」と慇懃無礼に辞退したという逸話は有名。

当時、吉田は一国の総理であっても、敗戦国の総理。本来なら戦勝国側の偉いサンからすれば「何でやねん、ちょっと生意気やで」となるところだが、マッカーサーはオトナだった。「こいつ、おもろいヤツやなぁ~」ってなことになり、吉田を認め、以後、マッカーサーと吉田の関係は良好だったという。そして、晩年の吉田はマッカーサーの葬儀にも出席した。

現在、日本のシガー愛好家グループ「赤帽倶楽部」の会長も務めており、大のシガー好きとして知られる有名な人物が、島地勝彦である。大学卒業後に集英社に入社し、「週刊プレイボーイ」の編集長として同誌を100万部雑誌に育て上げ、その後は、「PLAYBOY」「Bart」などの編集長を歴任した後、同社取締役を経て、1998年に子会社の集英社インターナショナルの社長に就任。柴田錬三郎今東光開高健瀬戸内寂聴塩野七生をはじめとする錚々たる面々と画期的な仕事を重ねてきた伝説の編集者として知られる人物だ。

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最近では、シガーとシングルモルトとゴルフをこよなく愛し、新聞・雑誌で複数のコラムの連載を抱えるコラムニストとして活躍している。

そんな彼がプロデュースした、シングルモルトウイスキーと葉巻を嗜むことのできるバー「サロン・ド・シマジ」が、昨年の9月に新宿伊勢丹メンズ館8階の一角にオープンした。もともと東京の広尾に仕事場兼バーである「サロン・ド・シマジ本店」を持ち、気心知れた客人達を招いてウイスキーを振る舞っていたが、ある時、三越伊勢丹の大西社長が訪れ意気投合し、これを模した店内企画を島地氏に提案、そして、実現させた空間である。

平日は執筆に明け暮れている島地だが、週末になると「バーテン」ならぬ「バーマン(英国式の呼称)」に変身。スコットランドのシングルモルトウイスキー「タリスカー10年」にペッパーを振り掛けた「スパイシーハイボール」や、同地で採れる「スベイサイドグレンリヴェットウォーター」で割った「母なるシングルモルト」などを自らの手で作り、サーブしている。

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また、「サロン・ド・シマジ」の通路を隔てた隣には、島地の美学が凝縮されたセレクトショップもある。島地の書斎をイメージしたコーナーには、氏の私物である「ヒュミドール(シガーを保存するための箱)」が置かれ、「スマイソン」のノートや「ペリカン」の万年筆などが並べられている。他にも、化粧品や洋服、バッグ、アクセサリー、書籍、そして、ウイスキーまで揃う。

そして、「サロン・ド・シマジ」に集うファンのために、サロン定番メニューである「スパイシーハイボール」が簡単に作れる「サロン・ド・シマジ セット」なるものが発売されている。タリスカー10年、トニックソーダ、ペアグラス、ペッパー&ミルと、「毒蛇は急がない」など12種類のメッセージが書かれた「名言コースター」がブルーのボックスに収められた、自宅で「島地イズム」を体感できる「いたれりつくせりのセット」である。価格は、1万4700円。

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どこでも禁煙の昨今、デパートの中に堂々と葉巻が楽しめる空間があるのも面白い。「サロン・ド・シマジ」で、オシャレな72歳の感性を肌で感じてみたいものだ。

英国の作家アラン・シリトーは、パイプを深く吸って吐きながら言った、「インテリは禁煙するが、ジェントルマンは吸い続ける」。

そして、島地は言う、「わたしは生涯ジェントルマンでいたいのである。」と…。

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