Touch the Heartstrings

心の琴線に触れる森羅万象を日々書き綴る「Touch the Heartstrings」

パブロ・ピカソ

今年はスペインが生んだ20世紀最大の画家パブロ・ピカソの没後40年にあたる年である。生涯におよそ1万3500点の油絵と素描、10万点の版画、3万4000点の挿絵、300点の彫刻と陶器を制作し、最も多作な美術家であると「ギネスブック」に記されている。

ピカソの洗礼名は、聖人や縁者の名前を並べた長いもので、日本の「寿限無」のように長い名前の例としてよく引き合いに出される。諸説あるようだが、講談社が1981年に出版した「ピカソ全集」によると、「パブロ・ディエーゴ・ホセ・フランシスコ・デ・パウラ・ホアン・ネポムセーノ・マリーア・デ・ロス・レメディオス・クリスピーン・クリスピアーノ・デ・ラ・サンティシマ・トリニダード」で、フルネームはこの後に、父親と母親のそれぞれの第一姓「ルイス・イ・ピカソ」が続く。なお、スペインのマラガではこうした長い名前が普通であるという。

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ピカソは作風がめまぐるしく変化した画家として有名であり、それぞれの時期が「◯◯の時代」と呼ばれている。親友カサヘマスの自殺にショックを受け、無機顔料のプロシア青をベースとする暗青色を基調として、カサヘマスのほか、軽業師、アルルカン、売春婦、乞食、芸術家などを描いた「青の時代」。フェルナンド・オリヴィエという恋人を得て、明るい色調でサーカスの芸人などを描いた「ばら色の時代」。

アフリカ彫刻の影響を強く受けた時代。このとき、「キュビスム」の端緒となる「アビニヨンの娘たち」が生まれた「アフリカ彫刻の時代」。ちなみに、「キュビスム」とは、ルネサンス以来の「単一焦点による遠近法」の放棄。すなわち、複数の視点による対象の把握と画面上の再構成すること。そして、形態上の極端な解体・単純化・抽象化を目指したものである。

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