Touch the Heartstrings

心の琴線に触れる森羅万象を日々書き綴る「Touch the Heartstrings」

国民栄誉賞の2人

久し振りに見る背番号3の長嶋茂雄氏と背番号55の松井秀喜のジャイアンツのユニフォーム姿。ジャイアンツファンでなくても何となく胸にジ~ンとくる光景である。バッターボックスにはミスターが片手でバットを構え、マウンドには松井が立つ。松井のボールを受け止めるキャッチャーには原監督、その後ろの主審には安倍首相。何と豪華な始球式だこと。

松井の投じたボールをミスターが強振。絶対にミスターは打ちにいった…。本能なのかオチャメなのか、真相は定かではないが、テレビで見る限りミスターは始球式のボールを打ちにいっている。ほのぼのするシーンだが、物凄く感動的である。オヤジ世代の多くは、「あ~生きててよかった!」と思っているに違いない。

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この始球式に先立って行われた松井秀喜の引退セレモニーと、ミスターと松井の史上初の国民栄誉賞同時受賞の授与式もまた感動的。松井秀喜の立派なスピーチ、すでに国民栄誉賞を受賞している王氏と衣笠氏が2人に花束贈呈など、歳とともにすっかり涙腺が弱くなっているだけに、涙でテレビの画面が歪んでしまう情けさ。

国民栄誉賞に関しては、ここのところ政権浮揚が目的の、贈られる側の賞ではなく、贈る側の賞となっている感が否めなく、政治利用はいかがなものかという批判もあったことは事実。歴代受賞者の中で、この賞に値する人物かどうかの判断は人それぞれが思う事で、とやかく言うべきことではない。しかし、今回の受賞に関しての計らいは、安倍政権のイメージを確実に上昇させたことは間違いない。今日、支持率を計測したなら何ポイントかは増えているはずだ。

当然今までに国民栄誉賞を授与されていてもちっともおかしくないはずの長嶋氏の受賞だが、賛否両論あるにせよ、個人的には愛弟子の松井秀喜との同時受賞というところにオジサン世代が感涙に咽び泣く大きなファクターがあるように感じている。

2人の偉業は素晴らしく、そのどちらもが国民栄誉賞に値するものであることは間違いない。ただ、受賞が別々の時期に行われたら、今日のような感動は半減していたかも知れない。2人の間にある「師弟愛」にドラマがあり、今では多くの人々が忘れかけている「何か」が存在する。

松井秀喜のスピーチの中には度々「長嶋さんは人生の師匠である」というフレーズが登場する。今の私たちに「人生の師」と呼べるべき人物はいるだろうか。尊敬できる人物はいるかも知れないが、その人からいろいろと直接指導してもらえるという経験はあまりないように思える。スポーツ界という特別のフィールドだが、「師弟愛」という言葉ですぐに思い出せる人物はいない。そう考えると松井は幸せである。今回の国民栄誉賞は、2人の「師弟愛」に贈られたものと言っても過言ではない。

ミスターが授賞式で表彰状や盾、記念の金のバットを受け取る際に、脳梗塞の影響でまだ右手が自由に動かないミスターをそっとサポートする姿や、「三尺去って師の影を踏まず」を実践するようにミスターの後をゆっくりと歩く姿など、テレビ画面から伝わってくる「師弟愛」は清々しいものがあった。

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ちなみに、授賞式でのミスターと松井のイデタチは、2人とも濃紺のスーツにストライプのシャツとドットのタイ。松井がミスターと同じ格好で式に臨みたいとのことで、ミスターがプレゼントしたという。微笑ましいエピソードである。

今まで国民栄誉賞の授与は官邸内で行われていたが、今回のようなエンターテイメント性ある授与式は初めてではないだろうか。このようなイベントには必ず否定的な意見をさも正論かの如く振りかざす輩がいる。また、始球式で着用した安倍首相のユニフォームの背番号を歴代総理の96代目ということでの「96」を、今話題の憲法96条を意識しての番号と揶揄する者もいる。

いろんなことを深読みしたり斜めから見て素直に感動できない人は、ある意味不幸であると思う。目の前の光景にストレートな反応が出来る感性を大事にしたいと常々考える。そりゃ今回の国民栄誉賞の件に関しても、いろんなところでオトナの事情が絡んでいるかも知れない。ただ、テレビ画面から伝わってくるミスターや松井秀喜の一挙手一投足がダイレクトに魂を揺さぶってくる、本当に素晴らしい授賞式であった。

長嶋氏が受賞し、今年の2月には「大鵬」が受賞した。これで1960年代に「子どもの好きな物」ベスト3の2つが受賞したことになる。後は「玉子焼き」だけだ…なんてね…失敬。

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