Touch the Heartstrings

心の琴線に触れる森羅万象を日々書き綴る「Touch the Heartstrings」

アントン・コービン

「世界最強のロック・フォトグラファー」と称されるアントン・コービンは、1955年にオランダで牧師の息子として生まれた。高校時代に音楽を通じて写真の魅力に目覚めたというコービンは、1972年の野外コンサートで父親のカメラを借りて写真を撮った後、ステージ写真からポートレート写真に進むようになった。

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1979年からはロンドンに住居を構え、現在では最も影響力のあるポートレート写真家の1人として、広く世界から認められている。緻密な構図とアーティストの本質に迫るその作風は、U2デペッシュ・モードザ・ローリング・ストーンズジョイ・ディヴィジョンニルヴァーナメタリカ、コールドプレイ、ビョークなど多くのトップアーティストから絶大な支持を受けている。また、単なる写真撮影にとどまらず、1983年に写真家として初めてスチール写真とビデオを組み合わせた作品を作って以来、約80本に及ぶミュージック・ビデオの監督も行った。そして、アルバムのアート・ディレクションやステージ・デザイン、PV制作などあらゆる表現でカルチャーシーンを牽引してきた。

また、上記アーチスト以外にも、マイルス・デイヴィスフランク・シナトラクリント・イーストウッドキャメロン・ディアスウィリアム・S・バロウズトム・ウェイツアレン・ギンズバーグイザベラ・ロッセリーニナオミ・キャンベルなど多くの有名人がアントン・コービンの被写体となっている。

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すでに超有名写真家であったアントン・コービンにさらに注目が集まったのは、2007年に夭折したジョイ・ディヴィジョンイアン・カーティスの生涯を描いた映画作品「コントロール」で、脚本と監督として映画デビューを果たしてからである。この作品は世界中で絶賛され、監督第1作目ながら「第60回カンヌ国際映画祭」の「カメラ・ドール(特別表彰)」や英国インディペンデント映画賞など、名だたる映画賞にて高い評価を集めた。

そして、ジョージ・クルーニーを主演に迎えた「ラスト・ターゲット」ではハリウッド進出も果たし、さらには全米初登場1位を記録した。現在はスパイ小説家ジョン・ル・カレ原作の「A Most Wanted Man」を撮影中で、レイチェル・マクアダムスフィリップ・シーモア・ホフマンロビン・ライト、ウィリアム・デフォーといった錚々たる面々がアントン・コービンのもとに集結している。

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華やかな世界で長年活躍しているアントン・コービンだが、私生活については決して明かそうとしなかった。そんなアントン・コービンの素顔を追ったドキュメンタリー「アントン・コービン 伝説のロック・フォトグラファーの光と影」が4月6日より公開された。

世界的なロック・フォトグラファーになるまで、そして、成功を手にしてからのアントン・コービンの心の軌跡を追いかけたのは、同じくオランダ出身の女流監督クラーチェ・クイラインズ。これまでに凶悪犯罪者の刑務所や、密輸する武器ディーラーを追ったドキュメンタリーを撮影してきた監督である。謎に包まれたアントン・コービンのプライベートや仕事現場に4年間をかけて密着し、本人をはじめ、家族や作品の被写体となった著名人らのインタビューを通して、コービンの知られざる素顔や胸のうちを明らかにし、伝説のカメラマンの神髄に迫っている。

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この作品の中には、U2のボノ、メタリカルー・リードなど、ロックファンならば思わずニヤリとするような豪華な面々が続々と登場する。しかし、監督のクラーチェ・クイラインズは、ロックファンは多くのロックスターがスペクタクルのようにしてどんどん登場することに目が奪われるだろうが、私はただアントン・コービンにフォーカスを当てたかっただけと語っている。実際に撮影中では、アントン・コービンをカメラに収めるためボノに少し退くように指示したこともあったという。

作品の最大の見どころは、U2デペッシュ・モードメタリカルー・リードジョージ・クルーニーといった世界トップアーティストたちとアントン・コービンの作品作りの様子だ。特に、U2デペッシュ・モードは、アントン・コービンとの約30年におよぶコラボレーションの中で培われた濃密な関係性がある。

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ボノ、マーティン・ゴアの貴重なインタビューから垣間見れるのは、アーティストとフォトグラファーという関係を超えた緊密なつながり。その他、アルバムのために撮り下ろした写真をルー・リードメタリカのメンバーたちに初めて見せるという貴重な現場も捉えている。異色のコラボが大きな話題となった2011年発売のアルバム「LuLu」の写真や、ジェイムズ・ヘッドフィールド、カーク・ハメットのインタビューも必見。

また、映画「ラスト・ターゲット』の撮影現場で、ジョージ・クルーニーアントン・コービンのきめ細やかなやり取りも非常に興味深い。グラミー賞受賞バンドのアーケイド・ファイア、ドイツを代表するアーティストのヘルベルト・グレーネマイヤーのインタビューも印象的。

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劇中には30年以上のキャリアで撮りためたポートレートや制作したPVがあちこちに挿入されている。ジョイ・ディヴィジョン「Atmosphere」、デペッシュ・モード「Enjoy the Silence」、ニルヴァーナ「Heart Shaped Box」など、PV監督としてもその名を知らしめた代表作が見れるのも嬉しい。

アルバム「WAR(闘)」以降、すべてのジャケット写真を手掛け、約30年にわたりコラボレーションを続けているU2・ボノの「ミュージシャンは、アントン・コービンの写真に写る自分を目指す」と彼を称える一言が、アントン・コービンの偉大さのすべてを表しているようだ。

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力強さと繊細さが共存したポートレイト作品とともに、アントン・コービンがこれまで語ることのなかった自分自身について口を開く。そして、ソファに寝転び物思いにふける姿からは、華やかな世界で活躍する顔に潜む孤独や悲しみがにじみ出る。

写真に映画にと、常に被写体をレンズの向こうに見据えてきたアントン・コービン。そんな彼をクラーチェ・クイラインズ監督が鋭い眼差しで肉薄し、アントン・コービンの抱える「孤独」と「哀しみに」に迫った貴重な作品である。これまで決して見せようとしなかった、彼の苦しみや素顔を知ることができる珠玉のドキュメンタリー作品に仕上がっている。