Touch the Heartstrings

心の琴線に触れる森羅万象を日々書き綴る「Touch the Heartstrings」

ミュシャ展

アルフォンス・マリア・ミュシャは、オーストリア帝国モラヴィア(現代のチェコ)出身の19世紀末を代表する画家であり、アール・ヌーヴォー様式の巨匠の1人として日本でも幅広い人気を誇る作家である。多くのポスター、装飾パネル、カレンダー等を制作。ミュシャの作品は、「星」「宝石」「花」などの様々な概念を女性の姿を用いて表現するスタイルと、華麗な曲線を多用したデザインが特徴。

彼の出世作は、舞台女優サラ・ベルナールの芝居のために作成した「ジスモンダ」のポスター。1894年の年末、友人の代わりに印刷所で働いていたミュシャに思いがけず依頼されたのが、サラ・ベルナールが主演する舞台の宣伝ポスターであった。サラ・ベルナールは、当時「女神サラ」と呼ばれたパリの人気女優。威厳に満ちた人物と、細部にわたる繊細な装飾からなるこの作品は、パリの街頭に貼り出されると同時に大評判となり、一夜にして人気ポスター画家としての名声を得た彼は、アール・ヌーヴォーの旗手としての地位を不動のものとした。

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また、この「ジスモンダ」でのサラ・ベルナールの演技がフランス演劇界の女王として君臨するきっかけとなり、サラはミュシャの才能に惚れ、ミュシャと6年間の専属契約を結んだ。その後もミュシャは、「椿姫」「メディア」「ラ・プリュム」「トスカ」「ロレンザッチオ」など、サラ・ベルナールのポスターを制作している。そして、それらの作品は彼女のアイドルとしてのイメージを創り出し、定着させることになる。一方で、サラ・ベルナールとの交流は、ミュシャの作品における演劇的な表現を成長させた。

ミュシャにはグラフィック・アーティストとしての他、油彩画家としての顔もある。ミュンヘンの美術アカデミーで油彩画の本格的な修業を積んだミュシャは、グラフィック・アーティストとして成功した後も画家としての野心を捨てることなく、油彩画を描き続けた。

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また、彼にはこの他にも、シェイクスピア劇などのための舞台衣裳・装置、アクセサリー、キャンディーボックスなどのデザイナーとしての顔、作品の数は限られているが彫刻家としての顔、挿絵画家としての顔、あるいは写真家としての顔など、マルチタレント的な顔を持つ。

ミュシャには、「アール・ヌーヴォーのプリンス」「ベル・エポックの寵児」「世紀末のサクセス・ストーリー」といったイメージがつきまとう。ただ、それは間違いではないが、同時に彼は彼の出自であるスラヴ民族の歴史と運命に深い思いを抱く熱烈なナショナリストであった。パリでの華やかな成功と名声に甘んじることなく、第一次大戦の勃発とほぼ時を同じくして祖国に帰り、長らくハプスブルク帝国の支配下にあった祖国の復興に尽くした。

ミュシャマニア」という言葉が生まれるほどのミュシャの絶大な人気が一過性のものでなく、今なお健在で、欧米や日本ばかりでなく、例えば最近台湾でも本格的なミュシャ展が開催されるなど、その人気、注目度が一層の広がりを見せているのも、彼の人と芸術の幅広さ、奥行にあると言える。

日本で最初の回顧展が開催されたのは1978年。以来、数多くのミュシャ展が開催されてきたが、その多くは世紀末のパリ時代の作品や活動に焦点をおいたものや、年代を追って構成されたものであった。ミュシャ人気を支えているのは、なんといっても数々の独創的なポスターや、美人画と花鳥画を合わせたような華やかなカラーリトグラフ。つまり、グラフィック・アーティストとしてのミュシャの側面が多い。

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今年の3月より、日本テレビ開局60年特別美術展として六本木の森アーツセンターギャラリーを皮切りに、6月から新潟県立万代島美術館、10月から愛媛県美術館、2014年1月から宮城県美術館、4月から北海道道立近代美術館において、「ミュシャ財団秘蔵 ミュシャ展‐パリの夢 モラヴィアの祈り」が開催される。

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今回の「ミュシャ展」は、ミュシャ財団の全面協力のもと、これまでの展覧会とは一線を画し、ミュシャの芸術家としての功績を通じて、作品のみならず、作家のコンセプトや芸術理念、さらには思想を考察するという斬新なもの。

ミュシャの慣れ親しまれたポスターをはじめ、絵画、パステル、宝飾品、素描、立体物、そして、彼に直接関わりのあるプライベートな品々など、240点余りから構成されている。これらの作品には、チェコ共和国にとって国家の記念碑ともいうべき作品群も含まれており、多くは日本で初めて公開されるものだ。

従来のアール・ヌーヴォーの、ベル・エポックミュシャに焦点が合い過ぎている感があったが、ロンドンのミュシャ財団からの提案もあり、今回の展覧会はパリ時代のミュシャのみならず、祖国に帰ってからの、あるいはチェコ人としての彼の生涯と思想にも焦点を当て、全体を6章で構成されている点が注目される。そして、アール・ヌーヴォー風の彼の作品からは想像しにくい世紀末の象徴主義、これとも関係の深い神秘的、オカルト的なものへの関心、パリとプラハのフリーメイソンのメンバーとしての顔など、いくつかの「知られざるミュシャ」が存在する。

1910年にミュシャは故国であるチェコに帰国し、「スラヴ叙事詩」を制作する。20点の絵画から成るこの一連の作品は、スメタナの組曲「わが祖国」から着想し、スラヴ民族の歴史を描き、完成まで20年という歳月を要した。第一次世界大戦後、ハプスブルク家が支配するオーストリア帝国の崩壊により、チェコスロヴァキア共和国が1918年に成立し、新しい時代に突き進み始めた。ミュシャは、作品を描きながら自身のスラヴ人としてのアイデンティティを再確認し、民族愛や愛国心を高めていく。その思いが一連の大作として結実した作品が「スラヴ叙事詩」である。今回の展覧会に出品される「スラヴ叙事詩」の習作や、未完の人類への記念碑、「理性の時代」、「叡智の時代」、「愛の時代」の習作からは、ミュシャが最期に思い描いた民族愛や平和へのメッセージを読み取ることができる。

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また、新しい共和国のために無報酬で紙幣や切手などのデザイン制作を請け負ったり、チェコ人の愛国心を喚起する多くの作品群やプラハ市民会館のホールの装飾等も手がけたという、ミュシャの愛国心が偲ばれるエピソードも多い。

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1939年、祖国独立のわずか20年後にプラハに侵入してきたドイツ軍によって逮捕されたミュシャは、健康を害し、2度目の大戦前夜に78才の生涯を閉じた。

ミュシャ財団から厳選された240点を超える出品作で構成される「ミュシャ財団秘蔵 ミュシャ展‐パリの夢 モラヴィアの祈り」には、紙ではなくシルクサテンに刷った「四芸術」、ミュシャがパッケージをデザインしたビスケット箱や香水瓶のセットなど日本初公開の作品も多い。また、画家としてのミュシャにも着目し、約30点の油彩も出品される。人間およびアーティストとしてのミュシャの全体像を見ることのできる貴重な機会となること間違いない。

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余談ながら、女性・OLのためのポータルサイト「OZmall(オズモール)」が東京で働く女性のためにプロデュースするイベント「東京体験」で「ミュシャ展」とタッグを組み、スペシャルな一夜限りのイベントを開催。3月19日の一夜に限り、閉館後の「ミュシャ展」を貸切、限定100名が会場の混雑とは無縁に1点1点好きなだけ作品を鑑賞でき、ミュシャの世界観を思う存分堪能できる素晴らしい夜が提供される。

鑑賞前には、展覧会を監修する千足伸行成城大学名誉教授による直々のレクチャーがあり、夜景とオリジナルカクテルを楽しみながら、ミュシャについての解説やギャラリーの歩き方についての丁寧な説明があり、アートビギナーでも安心して参加できる。なお、参加者には、特製しおりとクリップボード、関係者しか手に入れることができない非売品のパンフレットがプレゼントされる嬉しい特典が用意されている。全40ページからなるパンフレットには主要出展作品が載っているほか、創作秘話なども書かれていて見応えたっぷりの内容だ。

ただし、残念がら現在はSOLDOUT状態。ラッキーな100名はすでに決定しているようだ。閉館後を貸し切るというアイデアはなかなか面白い。人気のイベントだと来場者が多く、ゆっくりできないことも多く、今後、このようなイベントが増えるかも知れない。

ちなみに、展覧会のオフィシャルサポーターは「ベッキー」。展覧会テーマソングも彼女の書き下ろし作品となる。

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